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当院は、昭和12年に名古屋陸軍病院の下呂療養所として山田もと旅館を間借りして診療が始まりました。当時の状況を伝える新聞記事によると、傷痍軍人さんの診療のかたわら一般住民の診療も行われていたようです。昭和28年には県立病院として出発し、飛騨南部地域を中心とし、東濃、中濃の一部を含む広範な診療圏の県民の方々に医療を提供してきました。県立病院としても56年が経過しましたが、この間昭和42年に本館が完成した後も検査棟、リハビリ病棟、ドック棟と増改築を繰り返してきました。しかしいずれの建物も老朽化が進み、新しい現代医療や入院患者さんへの快適なアメニティを提供するには満足できない状況になってきました。さらに耐震強度不足が明らかになり、災害時に拠点病院としての機能を果たすことができない可能性が出てきました。
今回、全職員の切なる願望であった移転新築が決定され、整備を行う運びとなりました。この整備を機に、医療を通じて地域の住民の方々にさらなる貢献ができる病院にしたいと考えております。私は常々「生活の場の医療」を訴えておりますが、人が生活している場で提供する医療が本来の医療であると考えるからです。この診療圏の県民の人々が新病院建築により「生活の場の医療」が充実することを願うものです。そこでこの目的を実現するために「県立下呂温泉病院整備基本計画策定委員会」を設置し、新病院の整備について「県立下呂温泉病院整備基本計画」を作成しました。
当委員会が基本計画作成にあたり、特に重視した点があります。
第1は、地域医療研究研修センターの充実により、地域医療・へき地医療の拠点的機能を充実させることです。当院の診療圏は広大な面積と飛騨川水系に沿った細長い長距離を有するという特徴があります。この地形的な特徴のため病院という施設医療のみでは住民の健康を守ることは出来ません。当院の地域医療研究研修センターは岐阜大学医学部とともに地域医療を志す医師の養成とへき地医療支援を行ってきましたが、新病院建設を機にこのセンターを中心に、検診医療の充実と地域診断機能の創設さらに診療所との連携強化を図ることで予防医学、連携医療を構築し、「生活の場の医療」を完成させることであります。
第2に、新病院の機能は飛騨南部地域の中核病院として、地域医療機関を引き続き支援するとともに、急性期医療の機能強化を図り岐阜地域等の高度・先進医療機関と連携を強化することであります。
第3に、個人情報保護が重視される時代ではありますが、患者さんのプライバシーとアメニティを同時に満足していただける構造を有する病院とすることであります。これにより終末期医療の対象患者さんのみならず全ての患者さんの「入院生活の質(QOL)」の向上を目指します。
第4に、地震など大規模災害発生時に確実に病院機能が維持される構造を有する病院とすることであります。病院倒壊が起きない構造、入院患者さんの安全が確保される構造、病院機能も毀損されない構造を有する病院とすることであります。
以上の点を新病院整備の基本コンセプトとし、さらに整備にあたっては、この数年、医療経済が大変厳しくなってきておりますので、経済効率も考慮しながらISO14001の精神を尊重し、環境に優しい配慮を十分に行った新病院を目指してまいります。
今後、この基本計画に基づき、県立下呂温泉病院が飛騨南部地域の医療供給体制の中核として、「生活の場の医療」を中心に高度・専門的な医療も提供できる新病院を建設し、県下においても地域医療の模範となれる医療体制を構築したいと考えております。
最後に、この計画策定にあたり、ご意見をいただきました皆様に深く感謝申し上げますとともに、今後もこの計画実現のために一層のご協力をお願い申し上げます。
平成21年9月
県立下呂温泉病院整備基本計画策定委員会 委員長 県立下呂温泉病院 院長 山森 積雄
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